感想文自由形。

自分で見たもの、聞いたもの、やったこと、あらゆる体験の感想文を自由気ままに綴っています。

私と河田陽菜〜ご卒業に寄せて

最後のブログが更新され日向坂46としての活動を全て終えられましたので、それに際し好きになったキッカケや最後のツアー、卒業セレモニー、最後のミーグリのことなど”日向坂46の河田陽菜が大好きだった証”を記しておきます。

 

発表された時はこの世の終わりかってくらい泣きましたが、それから卒業するまでの期間を振り返ってみればとても充実していて、楽しい時間でした。

 

卒業を受けての記事はコチラ

 

初めから変わらない魅力

そもそもとして、何をキッカケに陽菜ちゃんが気になり出したのかを振り返ってみると、『キョコロヒー』で齊藤京子の代役として登場した時だった。

 

その数ヶ月前から日向坂に興味を持ち、まだ出演している番組をチェックするくらいで全員の顔と名前を覚えていない頃だったと思う。

 

フワフワしてるけど常にニコニコ笑顔でかわいい子だな…という印象で、発言のテキトーさも「急なピンチヒッターだから仕方ないよね」くらいに“当時は”思っていた。

 

持ち前のあいくるしさにはヒコロヒーも喰らっていたように映っていたのをよく覚えている。

 

それから日向坂への興味がどんどん深まっていくに連れ、最初に感じた“愛くるしさ”“テキトーさ”は平常運転だったことを知り、気付けば推しになっていた。

 

推しを決めるまでの葛藤はコチラ

 

願い事ふたつ

それからというもの、5回目のひな誕祭で火がつき本腰を入れて日向坂を追いかける日々を過ごしているが、推しているにも関わらずミーグリに参加したこともなければ(少ない枚数の応募で当たらなかった)、ライブで良席を当てて(アリーナ席を自引きするまで1年以上かかった笑)運よくレスをもらうこともなく、遠くから応援するだけの日々が続く。

 

そうこうしているウチに次点で推していた清水理央へと気持ちが移っているかもしれない…と自覚したタイミングで卒業の発表があった。

 

 

当時の正直な気持ちを綴った記事

 

冒頭で引用した記事にもある通り、卒業発表の日は大きく取り乱し、いつまでも泣き続けた。

 

だが好きな気持ちは確かなことを自覚し、心から「卒業おめでとう」を言えるようになるためにできることをやるぞ!という決意を固められたので、あの日の涙には意味があったなと今では思う。

 

卒業するまでに残された4ヶ月弱の日々で陽菜ちゃんのためにできること…それは自分の心を救うことでもあった。

 

自分にたてた誓い、そして願いは2つ。

・どんな形であれ目を合わせる。(できればライブで見つけてもらう)

・これまでの感謝と「卒業おめでとう」を心からの想いで伝える。

 

果たしてどうなったのか、答え合わせをしながらその期間のことを振り返っていきます。

 

一生物の🫶

まず「どんな形であれ目を合わせる。」について。

 

ライブでそれを実現するためには運に依るところが大きすぎるので、確実に達成するためにはミーグリに参加するしかない。

 

そのためにできることはCDを買って応募するだけなので、そこは現実的な範囲でなんとかした。

 

結果として、たった1枚ではあったがリアルミーグリに当選できたので一先ずクリアは確約された。

 

のだが、その日を迎えるより先に、思いもよらぬ形で目標を達成することになった。

 

参加した誰もが口々に最高のツアーだったと語る2025年の『MONSTER GROOVE』その初日、宮城。

 

新生日向坂の第一歩を見届けるべく参加したのだが、もちろん初日に行っているので“メンバーが客席をぬって幾度となく移動する”という大胆な演出に関しては当然知る由もない。

 

用意された先はアリーナ後方、ブロックの最後列だった。

 

すぐそばに小さなステージがあるのは入場してすぐに確認できたので「ここに来るの熱いな!」なんて珍しく連番した友人と話していたのだが、まさか椅子ひとつを挟んだ目の前をメンバーが通るなんて…今思い返しても衝撃的な光景だった。

 

ただ全員が目の前のステージに現れるワケではないので、ここで試されるのは運か、もしくは残り少ないチャンスをものにするぞ、という執念か…どちらが手繰り寄せたのかはわからないが、結果的にいうと奇跡は起きた。

 

『キツネ』の際にサブステに現れた時点でテンションは最高潮。かつて代理でセンターを務めた曲でもあったので目の前で見れたことに感激していたのだが、本当のピークを迎えたのはその直後。

 

いつチャンスが来てもいいようにOTRの時から用意していたスケッチブックを持って彼女を待つ。

 

進行の妨げにならないように必死にアピールすると、走り抜けながら目の前で私を向いて🫶を作ってくれたのだった。

 

確定のレスというのは至上の喜びと言っても過言ではない、全てが肯定されたかのような最高の体験だが、それを文字通り目の前で、これまで近くで見れたことすらない憧れの人からもらえたとなっては筆舌にし難い感動があった。

 

「推しなのに目を合わせたことすらない」というコンプレックスが一気に解消されたどころか、一生の思い出に残るレベルのファンサービスをいただいて、卒業までに感謝しなくてはならないことがひとつ増えたのであった。

 

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これが『言葉の限界』か

そして最初で最後のミーグリ期間を迎えるわけだが、正直に思うのは「好きになるのが遅すぎたこと」だ。

 

今更覚えてもらおうということもないので、テーマとしては“伝えたいことをちゃんと話す”を徹底するつもりだったが、緊張して上手く話せたとは言えなかった。

 

オンラインでのミーグリが3度、リアミが1度と機会があったが、思い通りに話せたのは1度しかなかったように思う。

 

でもちゃんと伝えたいことは話せた。

「日向坂でアイドル頑張ってくれてありがとう」

「最後の最後までアイドル人生走り切って」

 

これでだいぶ自分の中での気持ちの整理は付けられた。

 

でも言葉以上に伝えたいものも沢山あって、それこそまさに『言葉の限界』を感じさせられたのも、改めて彼女の卒業ソングに相応しいなと思うと同時に、曲に対する想いも深まったので、うまく話せなかったことにも意味はあったと、今ならば言える。

 

きっと最後の最後に一番伝えたいことを言うための準備だったのだろう。


www.youtube.com

 

 

いつも応援ありがとー!

そして魅力の詰まった2nd写真集の発売を迎える。

 

キュートさを全面に出しながらも時折見せる大人っぽい表情もあって「オレが好きになった河田陽菜」が凝縮された素晴らしい1冊。

 

この写真集をめくればこの時に彼女を好きだったことをいつでも思い出せるだろう。

 

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待ちに待った発売ではあったが、気付けば卒業セレモニーも一週間後に控えていたので、不安定な気持ちで日々を過ごしていた。

 

9月のツアー初日以来、最高のライブを3日連続で観られる喜び…でも初日で陽菜ちゃんの卒業を見届けないといけない…楽しみと寂しさが入り混じった人生でもあまり経験したことがなかった感情。

 

救いだったのは直前のミーグリで「卒業が寂しい」と言ったオレを応援してくれたことと、「ドレス姿楽しみにしてて」と希望をくれたこと。

 

…理央が3日間の内で「見つける、見つけたい」と話してくれたのも支えになって、何があろうと泣くのはわかっているが、最後は絶対笑顔で見届けることを誓って過ごした1週間だった。

 

迎えたライブはどの曲もアイドルとして最後の披露だと思うと熱が入り、寂しさを感じるヒマはなかった。

 

だが卒業セレモニーの開始を告げるVTRの結びの一言から涙がずっと止まらなかった。

 

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(最後に更新されたブログより)

 

彼女は #hinatalk にて(ほぼ)毎日応援してくれていた。

 

たまにそれしか送ってこない日が続き、自虐的に応援botなんて言ったりもしていたが、それを言えるのも彼女らしさだ。

 

でも卒業すればもう(ほぼ)毎日応援されることはなくなってしまう。(かもしれない)

 

当たり前になりすぎていて、応援している対象から応援されることの尊さに土壇場になって気付かされ、喪失感と感謝が涙になって溢れたのだった。

 

自分は特段何かを頑張っている自負はなく、好きなことだけをして割と自由に生きている人間だと思うにも関わらず、日々の応援がどれだけ自分を支えてくれていたのか、最後に気付かせてくれて本当に有り難かった。

 

最後まで河田陽菜らしく

やはりオリジナルセンターは気迫が違う『ガラス窓が汚れてる』、彼女を特に慕うメンバーで披露された『酸っぱい自己嫌悪』、とびきりキュートな『43年待ちのコロッケ』…象徴的な曲を余すことなく披露したが、やはり特筆すべきは最初で最後の『言葉の限界』だろう。

 

「好き」という言葉だけでは伝えきれない想いがある、だが言葉以上に伝わる想いが確実に存在することを歌った曲だが、存在するだけで言葉を超えた何かを周りに与えている…まさに河田陽菜を表している曲である。

 

わかりやすく言動で周りを引っ張ったりするタイプの人ではなかったかもしれないが、ただ存在するだけで周囲を明るく照らし、辛さを抱える人がいればそっと寄り添うことで癒し、支える…メンバーはみんな彼女なりの優しさを異口同音で讃えていたのがその証左だろう。

 

涙脆い印象もあったが、自分の卒業では泣かないように我慢する姿はかわいくもあり、成長も感じられて「だからこその卒業なんだな」と感動もさせられた。

 

セレモニーではそんな優しさと精神的、肉体的強さを讃え、憧れを口にするメンバーが多かったが、アイドルさえも虜にするアイドルであったことは彼女に対する最大の賛辞だと思う。

 

だからこそ、アイドルではなくなった彼女の姿を想像することは難しいのだが、歌って踊らなくなるだけでその存在は永遠にアイドル的であり続けるだろうというのは想像に易い。

 

最後の『JOYFUL LOVE』でまだ話している途中だったのに曲が進行してそのまま終わってしまったことまで、陽菜ちゃんらしさの詰まった素晴らしいセレモニーだった。

 

これを現地で見届けられたことで、最後に伝えたいことを心から言える準備も整った。

 

そして、そこから残る2日のライブ。

その不在を感じて寂しくなるかもしれないと危惧していたが、始まってしまえばステージには変わらず一生懸命なメンバーがいて、そんなことを感じているヒマはなかった。

 

気持ちを切り替えるためにも、初日にセレモニーがあって良かった。

 


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抑えようのない涙

3日間の代々木公演が終了して2日後、最後のミーグリが実施された。

 

この日に向けて、伝えたいことはしっかり練っていたので冷静に話せるように努めよう、それだけを考えていた。

 

もう3度目だったということでそこまで緊張することなく迎えられたが、全く想定していなかったことが起きる。

 

「卒業おめでとう」

最も重要なことだったので、まずは最初に伝える。

 

微笑む彼女の『嬉しい』という言葉が胸に響く。

 

「陽菜ちゃんに出会えてよかった」

順番を待つ間から涙が溢れていたのだが、ここで完全に決壊してしまった。

 

限られた時間しかないことは重々承知。だから言葉に詰まっている場合ではないのもわかっているのに溢れ出るものは止めようがないし、話そうとしていたことも一緒に流れ出てしまった。

 

卒業セレモニーは泣いて当然として、そこで泣ききったと思っていたのでこの体の反応は完全に想定外。

 

あまりにも急に、しかも画面越しに泣き出すもんだからきっと困惑させてしまったに違いないのだが

 

『こちらこそ』

 

画面に映る彼女は“目がなくなる”大好きな笑顔で微笑んでくれた。

 

「ありがとう」「大好きだよ」

その笑顔に救われて、なんとか最後に絞り出すことができた。

 

そして宮城で目に焼き付けたのと同じ🫶を作ってくれた彼女の姿がだんだんと白んで消えていくのだった。

 

通信が切れてからもしばらく涙は止まらなかったが、最後の最後に伝えたいこと言い切り、最高の光景を見ることができて本当に良かった。

 

ただ一つ問題があったとすれば、まだ第1部での話だったため残りの部に向けて涙を引っ込め、何事もなかったかのような顔のコンディションを早急に取り戻さなければならなかったことか…。

 

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一生応援してます!

卒業に際し、陽菜ちゃんに関する色々を振り返ってみました。

 

卒業が決まってからの期間は悔いなく過ごせたように思う。

 

だが、もっと早くに“アイドル”河田陽菜に出会いたかったというのも正直な気持ちだ。

 

でもおかげで好きな人に好きと伝えられることがどんなに幸せで、尊いことであるかに気付くことができたし、何より日向坂を深く知るキッカケになってくれたことへの感謝は言葉では表しきれない。

 

河田陽菜はもう卒業してしまったが、日向坂46はこれからも続いていく。

 

これからも頑張る彼女たちに、伝えたいことはしっかりと伝えていこう、後悔しないように。

 

大袈裟ではなく、陽菜ちゃんを好きになったことで変わった人生。

 

これからも続く人生の途中で、また彼女に出会えることを…何よりも彼女の幸せを願って結びとさせていただきます。

 

あなたに出会えて本当によかった。

卒業おめでとう。またね。

 

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日向坂46 河田陽菜2nd写真集 テイクオフ